追憶② 雛まつり

今日は「ひな祭り」3月3日である

かつて名古屋の某M百貨店に勤務していた頃の話である。
当百貨店には30年間勤務した。
最初は玩具売場配属で1年半いました。当時人気の商品をフロア中央にあるエスカレーターの前で、毎日大声張り上げ売っていた。 名古屋の電車駅上にある百貨店でもあり、当時名古屋の中では圧倒的多客の店でしたのでおもちゃは特に良く売れたのです。
入社2年目に人形売場に配属された、困ったのは男児玩具と異なり人形などというものにはとんと縁が無い。
縁などあったことが無い、しかし人形売場に配属されたからには「知らねばならぬ、人形が好きで無ければ。」そう思ったのであります。当時の私の頭で人形と云えば、日本人形・フランス人形であり、それらは皆高額なのです。
まだ安月給の身で買えません、そこでを着けたのが「こけし」中でも東北地方に伝わる『伝統こけし』でした。
宮城・福島・山形・岩手・青森・秋田など各県で工人さんが親から子へ、師匠から弟子へと伝わり続けているものです。これなら私にも集められる、私にも買える。……で集め続けて百数十本。
次が「おひなさま」「男児の五月節句」であります。売れれば高額ですし、日本人のDNAにも合致します。
頑張って勉強しましたよ、学生時代より勉強したくらい…かな?。
『おひなさま』の男雛 と 女雛 このお二人の本当に優しい顔立ち、心が芯からやすらぐ。
そして『おひなさま』が終わると、『5月飾り』男児に鎧・兜・武者人形そして鯉幟… 何となく「男の血が騒ぐ」
そんな季節の到来です。
「ああ!我日本人に生まれ来たりて幸いなり。」
この時期が近づくのはあの頃は一年でとても楽しみでしたね、七年担当させて貰いました、
1月から5月5日までが毎年一番楽しかった。
「計画をたて売場を造り、お客様の明るい笑顔に今日も出会い。」まさに二十代の充実した幸せな時期でした。
そしてその時期に恋もし、妻を娶ることも出来ましたしね。
自慢の最高の伴侶、未来永劫この女性しかいません。最高の妻。娶って現在までの39年間大海の中で翻弄され辛いこと、悲しみにうろたえ続けた事、子を得た歓びの時など他の人と同じように色々有りました、妻のおかげで今までこれました。

画像

この写真は昭和五十年(まだフサフサ頭髪の頃)撮影の小生です









それでこの歌をささげたい、とても綺麗な女性でした。 

ユーチューブからの拝借です。すいません 

                

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